読了:アルカジイ&ボリス・ストルガツキー『ストーカー』
▼アルカジイ&ボリス・ストルガツキー『ストーカー』(深見弾訳 ハヤカワ文庫)
タルコフスキーの映画化で有名な、ストルガツキー兄弟による原作。原題は「路傍のピクニック」で、本書の問題意識を暗示している。映画の方はずいぶん前に劇場で見たが、象徴的な表現が印象的ではあったものの、どのように解釈すれば良いのか今一つピンと来なかった。原作の方は、映画とはだいぶ様相が異なり、またよりわかりやすい説明があって素直に楽しめた。そういう意味では、キューブリックの『2001年宇宙の旅』と、クラークによるノヴェライゼーションとの関係と似ているかもしれない。
いわゆるファースト・コンタクトものに分類される作品だろうが、アメリカSFやとりわけハリウッド的SF映画と大きく異なるのは、そもそも異星の知性との意味ある接触が成り立っているのかすらわからない、不可知性・理解不可能性が強調されている点だろう。その点ではレムの『ソラリス』と近い位置にあると言えそうだ。ロシア・東欧圏のSFのこうした傾向は、アメリカ的な楽天性(たとえ侵略的な異星人であっても、その「意図」はつねに了解可能なものとして描かれる)とは凡そ異なり、そもそも人間の理解の限界を暗示していて、好感が持てる。
案の定
昨日書いた、山本ひろ子『異神 —中世日本の秘教的世界(上)』(ちくま学芸文庫)が、1日経ったら売り切れていた。やはり狙っている人は逃さないものなのだろう。この辺になると、買おうとする側がどのぐらい本気で欲しいかという、精神力(?)の勝負になってくる。自分は落手した人ほど思いが強くなかったということだ。他の人にさらわれるのは残念ではあるが、同時に出費をせずに済んだという安堵感もある。妙なものだが、趣味的なものの場合、こうしたアンビヴァレントな気持ちがつきまとう。同じ思いを持つ人も多いのではないだろうか。自分の場合、書籍以外ではクラシックカメラ関係で同じ感覚を持ったことがある。
またあらためて感じることだが、本の購入に限らず、人がどのぐらい本気なのか、どの程度に評価しているのかを最も端的に表わせるのは、金銭だろう。万言を費やすよりも、ある財やサービスに金銭を出す気があるのかどうか、幾らなら出せるのかを見れば、一目瞭然だ。当然と言えば当然の話だが、人の行動は存外に単純なものでもあるのだろう。
無念
古書を中心に本を買っていると、入手困難で長らく欲しいと思っていた本に時折出会うことがある。手に入れることができたときは大変嬉しいが、タッチの差で逃すこともあり、そういうときはとても残念だ。自分はコレクターではないので、ビブリオマニアの人がここぞと狙っていたものを逃したときとは比べようもないだろうが、それでも残念なものは残念で、しばらく無念の思いを抱えることになる。
そうしたもののなかでは、例えばR・エルツ『右手の優越 —宗教的両極性の研究』(吉田他訳 ちくま学芸文庫)、「西脇順三郎コレクション」(慶應大学出版会)、H・ブルーメンベルク『難破船』(池田他訳 哲学書房)、J・L・ボルヘス『無限の言語 —初期評論集』(旦敬介訳 岩波書店)といったものがある。一見してわかるように、これらは滅多に見かけない稀覯書という訳ではなく、その気になって金さえ出せば手に入れることが可能なものばかりだ。けれども、あらゆる犠牲を払ってでも手に入れたいというのではなく、「適価で」欲しいというところが難しくしている。だから、ものが出ていても、価格が微妙に高い場合は悩むことになり、悩んでいる間に誰かにさらわれることにもなりやすい。昨日も、ホメーロス『イーリアス(上)(下)』(呉茂一訳 平凡社ライブラリー)を逃してまたしても臍を噛んだ。『イーリアス』は他にも訳があるが、呉訳は独特の文体に特色があるらしい。同じ呉訳でも、古い岩波文庫版と筑摩の世界古典文学全集版があって、前者は韻文体、後者は散文体で、平凡社ライブラリー版は前者を収録しているようだ。
そして今はまた、山本ひろ子『異神 —中世日本の秘教的世界(上)』(ちくま学芸文庫)に悩んでいる。この書も長らく版元品切れで、入手が難しくなっている。しかも今回は上巻だけで、なおかつ定価よりも高い価格がついている。条件が難しいので今回は手を出さないかもしれないが、それでも悩みそうだ。白状すれば、実は悩むことがまた楽しかったりするのも確かではある。傍から見れば莫迦莫迦しい限りだろうが、それが趣味というものではないだろうか。
新着図書:ユルスナール『黒の過程』 池上良正『死者の救済史』ほか
註文していた本が立て続けに到着したのでまとめて紹介。
1) マルグリット・ユルスナール『黒の過程』(岩崎力訳 白水社)
2) 池上良正『死者の救済史 供養と憑依の宗教学』(角川選書)
3) 石川文康『カントはこう考えた —人はなぜ「なぜ」と問うのか』(ちくま学芸文庫)
4) 宮田登『妖怪の民俗学 日本の見えない空間』(ちくま学芸文庫)
5) 宮田登『ケガレの民俗誌 差別の文化的要因』(ちくま学芸文庫)
6) 波平恵美子『日本人の死のかたち 伝統儀礼から靖国まで』(朝日新聞社)
7) 滝川一廣『「こころ」の本質とはなにか —統合失調症・自閉症・不登校の不思議』(ちくま新書)
10) 折口信夫『言語情調論』(中公文庫)
11) ルイス・キャロル『不思議の国のアリス』(高橋康也・迪訳 河出文庫)