Liber Primus 第一之書

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読了:ポール・クグラー『言葉の錬金術 元型言語学の試み』

ポール・クグラー『言葉の錬金術 元型言語学の試み』(森岡正芳訳 どうぶつ社

 

著者はアメリカのユング派分析家で、書名のとおり心理学的元型についての論考。この本は小著ではあるが、異色の書、問題提起の書と言っていいだろう。普通、ユング心理学関係の書物で「元型」が取り上げられる際には、まずもって夢や描画といった象徴としての視覚的イメージを通して元型が語られるだろう。しかし本書ではそういったことは一切触れられない。その代わりに、副題にあるように言語論から元型を考えようとしている(原題は "The Alchemy of Discourse")。

 

ユングは臨床活動の初期に言語連想実験というものを行なっている。これはさまざまな刺戟語を被検者に与え、連想する語を答えさせて、反応までの時間をストップウォッチで測るというもの。刺戟語に対して有意に反応時間が遅れる反応語は、意味の上では刺戟語とはかけ離れていて、むしろ刺戟語との音韻的な類似が際立つようになるという。著者はこの現象を次のように説明している。被検者の無意識的なレベルでは、情緒的な色彩を伴う意味概念の連合、すなわち元型が存在しており、元型は音韻として類似した、しかし意味としては一見かけ離れた語によって表示される概念内容を「束ねて」いる。つまり意識的なレベルでは、語の意味として一見つながらないように見える概念が、実は無意識的な次元では関連し合っている、というのである。そのために、刺戟語に対して遅れた反応として連想される一見語呂合わせのような反応語は、実は単なる語呂合わせではなく、元型の輪郭を表わしているのだという。たとえば、carnation(カーネーション)、carnal(肉欲の)、carnage(流血)という、音韻的には類似しているが('car-')かけ離れた意味である語句=概念が、無意識的な次元では元型として意味を持った繋がりを成しているという。

 

そしてさらにこうしたことから、元型理論は、無意識的な次元においてさまざまな観念が意味的に構造化されていることを指摘するもので、その点でソシュール構造主義言語学と類縁であり、さらにはレヴィ=ストロース構造主義人類学の構想に先んじているというのだ!(レヴィ=ストロースは、実はユングの元型理論から影響を受けているのではないか〔出版年代からはユングの方が先んじている〕という大胆な推論まで行なっている)。

 

ユング心理学関係の本でありがちな、神話や昔話などについて触れることは全くせずに、元型理論構造主義言語学を接合しようとする試みは極めて独創的で、どこまで裏づけられるかはさておくとしても、問題提起の書であることは間違いない。ソシュールレヴィ=ストロースも不勉強ゆえろくに知らないので、ちょっと読んでみなければという気にさせられた。