新着図書:ロバート・H・ホプケ『ユング心理学への招待 ユング全集ツアーガイド』
ロバート・H・ホプケ『ユング心理学への招待 ユング全集ツアーガイド』(入江良平訳 青土社)
ハードカバーだがアマゾンであまりに安かった(500円未満)ので購入。内容は書名のとおりで、ユング心理学でキーワードとなる概念や語句を挙げて、ユング全集の中のどこを読めばよいかガイドしてくれるという、とても実用的な書物。ユング全集は英語版への指示となっている。本当はドイツ語版への指示があって欲しかったが、おそらく原著にもなかったのだろう。邦訳があるものに関してはその書誌データが挙げられているのが、本書の意義と言えると思う。フロイトと違い、ユング全集のきちんとした日本語訳は未だ存在していなくて、さまざまな出版社から、さまざまな訳者によって部分的に(場合によってはまとまった量で)翻訳されているのが実情なので、邦訳への具体的な指示は大変重要だと思う(ちなみに邦訳への指示では、アンソニー・ストー『エセンシャル・ユング ユングが語るユング心理学』〔山中康裕監修 創元社〕が最も詳細で網羅的)。ただ、こうしたばらばらな状態は、おそらく今後も変わらないと予想されるのが大変困ったことではある。
本書の奥付けを見ると刊行年は1995年となっているが、90年代はユング関係の書籍がいちばん出版されていた時期のような気がする。しばらく前に古書店でたまたま見つけて、初めてその存在を知ったユング関係の専門的な翻訳書(J・J・クラーク『ユングを求めて 歴史的・哲学的探究』〔若山浩訳 富士書店〕)も90年代の刊行だった。おそらく90年代をピークとして、その後はユング心理学関係の出版は先細りなのではないだろうか。それは日本の臨床心理学界の実勢を反映しているように思う。河合隼雄の存在はあまりに大きく、日本の臨床心理学はあたかもユング派が主流のように見えたかもしれないが、河合隼雄亡き後(御子息が単に血縁のためということではなく、真の意味の後継者として発展的に継承しているが)、その学統は受け継がれているものの、生物学的精神医学の隆盛と、それと平仄を合わせたエビデンス重視の実証主義的な臨床心理学の繁栄のため、力動的心理療法そのものと、その中でもさらにマイナーなユング派は、今後細々と生きていくことになるのではないか。ただ人文学的な意義からすれば、ユング心理学はとりわけロマン主義的な伝統に近く、宗教学や神話学、人類学との相互影響もとても大きいので、これからも地道な研究と出版は行なわれていくのではないかと思う。
御恵贈書籍:村井則夫『解体と遡行 ハイデガーと形而上学の歴史』(知泉書館)
村井則夫『解体と遡行 ハイデガーと形而上学の歴史』(知泉書館)
畏友による長年のハイデガー研究の精華。友人だからというのではなくて、これは本当にすごい、そして専門書・研究書としては異例に洒脱な書物。本書を開くと目に留まるエピグラフがなんとナボコフ『ヨーロッパ文学講義』から引いてあるもので、「まことに奇妙なことだが、ひとは書物を読むことはできない。ただ再読することができるだけだ。良き読者、一流の読者、積極的で創造的な読者は再読者なのである」とある。これは単に表面的に気取った引用なのではなく、本書全体を貫く根本的な態度を暗示するものなのだ。もしも書店で目にすることがあるならば、是非序文だけでも(さほど長くないので)目を通すことをお奨めしたい。
「……したがって本書は、ハイデガーの『存在史』の構想をそのまま肯定することも否定することもせず、それを一個の運動と理解し、いわば『存在史』の一歩手前で、『存在史』が身を起こそうとする寸前の気配を感じとること、その一瞬前の光景を網膜に焼き付けることを狙っている。そのため本書が試みるのは、ハイデガーの側から一方的に哲学史を照射することではなく、むしろ哲学史上のさまざまな思想家の発する光がハイデガーという思考の光学体(プリズム)を貫いたとき、そこにどれほどの分光と偏光が生じるか、その屈折率を測定することである。……」(同書序文から)